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今日、僕はパンパシの試合会場に行った。宮崎でトレーニングをしていたから、会場に行く気は全くなかった。行けないと思ってた。自分がオープンウォーターを始めた駆け出しの頃から自分を知っているアメリカの水泳関係者が2週間前くらいに、来年と東京オリンピックの為に絶対、ものすごく辛いし、苦しくなるけど試合会場に行って試合を見に行け。と僕に彼は言った。僕はそれはできないと彼に言った。想像がつかなかった。本当に直前まで行く気はなかった。試合が近づくにつれたギリギリの時に、行こうと決めた。 会場について、自分がオープンウォーターを始めてから、海外を転戦して、海外で一緒にトレーニングしてきた仲間、友達、コーチ達が、自分がオープンウォーターを始めた 館山の海にいた。信じられない光景だった。 みんな自分のところに来て、ヤス、ヤスって試合前なのに話しかけてくれたり、ハグをしてくれた。嬉しかった。辛かった。辛かった。 俺は今、何をやっているんだろうと。もし、今日のレースに出場していたらメダルは確実にとれていた。4年前の前回大会よりもレベルは低く、優勝した選手以外に体調を崩す前の自分は勝っていたから。 だが、もしはない。 自分が初めてオープンウォーターの試合をした海。自分が初めて日本一になった海。自分がこの海から世界に出て行ったこの海。もう2度とない地元開催のパンパシフィック選手権に自分は選手としていない現実。今まで感じたことも味わったことのない胸が切り裂かれるような痛みを6月2日からずっと味わってきた。 毎日、胃が痛い。夜もなかなか寝れない日々。 今まで自分はメンタル強いです。と公言していた人間が、こうなるなんて自分でも理解できなかった。どうして、もう少し調整を早い時期からしなかったんだろうか。高地合宿から帰ってきて調子が過去最高に良すぎて、ノリに乗っていた自分もいたし、コーチに、これ以上追い込んだら、身体が壊れる。と今までの自分だったら言えたのに、言えなかった自分がいた。らしさがなかった。 今まで以上の結果をもとめてるから、ギリギリの上の努力に挑戦しないとという気持ちが強すぎた。どうして、1週間前に競泳の試合にでたのか。どうして、手につける計測チップを固定するためのテープをいつものように巻いていなかったのだろうか。 選考会のレースの途中、他の選手と接触して片方のチップがとれてしまっていた。ゴールする時、その手が先に出てしまって、チップがついてる手でタッチしたからわずかのコンマの差で、代表権を逃した。試合当日の朝、熱も咳も止まっていない状況でその差だった。 振り返りたくないし、ゴミ箱に捨ててしまいたいのに、その後悔をずっとポケットにしまっている自分があの日からいた。家に戻って、めちゃくちゃおちた。会場で我慢していた分、涙がとまなかった。部屋でうずくまって、このまま消えたいとおもった。地元、東京オリンピック前に今日メダルをとれていたら、どれだけ、自分も幸せだったし、周りの人達にも幸せを、ヤスを支えて、応援してきてよかった。って思ってもらえただろうと。試合中、金丸市長と目があった時に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 ふるさと大使の自分が今日メダルをとっていたら。と。。 本気だったから、後悔をしている。みんな、本当にごめんなさい。もう、こんな気持ちは2度とごめんだ。オリンピックの出場権がかかる来年の世界水泳。2年後の本番。絶対笑顔でレースを終えたい。自分も周りもレースの結果で幸せにしたい。明日宮崎に戻る。自分はとても弱い人間だって事をこの何カ月間毎日痛感している。 どうが、自分が諦めない限り、僕を支えて下さい。力を貸して下さい。応援して下さい。
2018/08/14

今日、僕はパンパシの試合会場に行った。宮崎でトレーニングをしていたから、会場に行く気は全くなかった。行けないと思ってた。自分がオープンウォーターを始めた駆け出しの頃から自分を知っているアメリカの水泳関係者が2週間前くらいに、来年と東京オリンピックの為に絶対、ものすごく辛いし、苦しくなるけど試合会場に行って試合を見に行け。と僕に彼は言った。僕はそれはできないと彼に言った。想像がつかなかった。本当に直前まで行く気はなかった。試合が近づくにつれたギリギリの時に、行こうと決めた。 会場について、自分がオープンウォーターを始めてから、海外を転戦して、海外で一緒にトレーニングしてきた仲間、友達、コーチ達が、自分がオープンウォーターを始めた 館山の海にいた。信じられない光景だった。 みんな自分のところに来て、ヤス、ヤスって試合前なのに話しかけてくれたり、ハグをしてくれた。嬉しかった。辛かった。辛かった。 俺は今、何をやっているんだろうと。もし、今日のレースに出場していたらメダルは確実にとれていた。4年前の前回大会よりもレベルは低く、優勝した選手以外に体調を崩す前の自分は勝っていたから。 だが、もしはない。 自分が初めてオープンウォーターの試合をした海。自分が初めて日本一になった海。自分がこの海から世界に出て行ったこの海。もう2度とない地元開催のパンパシフィック選手権に自分は選手としていない現実。今まで感じたことも味わったことのない胸が切り裂かれるような痛みを6月2日からずっと味わってきた。  毎日、胃が痛い。夜もなかなか寝れない日々。 今まで自分はメンタル強いです。と公言していた人間が、こうなるなんて自分でも理解できなかった。どうして、もう少し調整を早い時期からしなかったんだろうか。高地合宿から帰ってきて調子が過去最高に良すぎて、ノリに乗っていた自分もいたし、コーチに、これ以上追い込んだら、身体が壊れる。と今までの自分だったら言えたのに、言えなかった自分がいた。らしさがなかった。 今まで以上の結果をもとめてるから、ギリギリの上の努力に挑戦しないとという気持ちが強すぎた。どうして、1週間前に競泳の試合にでたのか。どうして、手につける計測チップを固定するためのテープをいつものように巻いていなかったのだろうか。 選考会のレースの途中、他の選手と接触して片方のチップがとれてしまっていた。ゴールする時、その手が先に出てしまって、チップがついてる手でタッチしたからわずかのコンマの差で、代表権を逃した。試合当日の朝、熱も咳も止まっていない状況でその差だった。 振り返りたくないし、ゴミ箱に捨ててしまいたいのに、その後悔をずっとポケットにしまっている自分があの日からいた。家に戻って、めちゃくちゃおちた。会場で我慢していた分、涙がとまなかった。部屋でうずくまって、このまま消えたいとおもった。地元、東京オリンピック前に今日メダルをとれていたら、どれだけ、自分も幸せだったし、周りの人達にも幸せを、ヤスを支えて、応援してきてよかった。って思ってもらえただろうと。試合中、金丸市長と目があった時に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 ふるさと大使の自分が今日メダルをとっていたら。と。。 本気だったから、後悔をしている。みんな、本当にごめんなさい。もう、こんな気持ちは2度とごめんだ。オリンピックの出場権がかかる来年の世界水泳。2年後の本番。絶対笑顔でレースを終えたい。自分も周りもレースの結果で幸せにしたい。明日宮崎に戻る。自分はとても弱い人間だって事をこの何カ月間毎日痛感している。 どうが、自分が諦めない限り、僕を支えて下さい。力を貸して下さい。応援して下さい。
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