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月別アーカイブ:2020年06月

『肇さんと僕/TOKYO2020.1』皆さんは米田肇シェフをご存知でしょうか。肇さんは僕が人生で初めて交流させて頂いたトップシェフ〈2009年、オープンして1年5ヶ月というミシュラン史上世界最短で三ツ星を獲得。〉です。リオオリンピックの1年前、2015年秋に大阪で本田直之 Naoyuki Honda先輩のアップルストアでの講演を聴きに行った後に、本田さんと肇さんと食事する機会に恵まれ、肇さんに出逢いました。僕は今までシェフの方と出逢う機会はありませんでしたので、肇さんにたくさん質問させて頂いた記憶があります。肇さんはその出逢った翌日に本を僕にわざわざ送って下さったんです。 肇さんの自伝本で「三つ星レストランの作り方」という本です。僕は大学生になってから、いろんなジャンルの自伝本を読んで、なにか自分の競技生活に応用できる事はないかと自分の中で噛み砕いて、頭の中で変化させ、応用するスタイルをとってきました。なぜかというと自分が取り組んでいるオープンウォーターで日本人でまだオリンピックに出場した選手がいなかったので、教科書がなかったのです。だから他ジャンルで突き抜けた、結果を残した方々の自伝本から応用しよう。というスタイルにいきつきました。シェフの方の本は今まで1度も読んだ事がなかったので、本が届いてから読み始めるのがとても楽しみだったのを覚えています。ワクワクしました。最初ざーっと読み終えて、自分の今までの競技生活の過程と勝手にダブらせている自分がいました。めっちゃわかる。ここって。 料理のことは全くわかりません。僕は素人です。ですが、肇さんが料理に取り組む、シェフとして目標を達成していく、取り組み方、アプローチの仕方、逆算で目標を達成する為に明確に取り組んでいく仕方、枠組みがとても似ている。むしろ同じなのではないか。とその後何度も読み返して、マーカーをひきながら、考えていました。 肇さんに本を送って頂いてから、僕は海外試合や合宿の時にも本を持っていて繰り返し読んでいます。リオオリンピックの際も持参していました。肇さんの生き様から学び、血肉化させて、自分の力にしたいと思ったからです。僕は肇さんの料理を食べに食事に行かなきゃいけない。とリオオリンピックの前に思いました。去年の秋に近畿大水泳部前監督の田中監督と一緒に肇さんの料理を食べにいきました。肇さんの料理は今まで自分が使ったことのない五感を刺激する料理で、僕は食事をしていて、田中監督に肇さんの料理を食べたらもっと速く泳げる。と言ったのを覚えています。僕達は水感を感じながら泳ぎます。だから、肇さんの料理を食べて、五感が刺激され、新しい神経回路ができて、もっと水を感じる感覚が鋭くなると思いました。実際にそういう新しい感覚がありました。僕は普段から肇さんとずっとメッセージのやり取りを続けていて、近況報告とか相談にのって頂いています。でも、やっぱり、人間だから、会って一緒に時間を過ごすのが1番です。先週末、半年ぶりに僕は肇さんに会いに大阪に行きました。これから新しい場所で競技生活を始めるから、その前に尊敬している大好きな肇さんに会って自分の今考えていることや今の心境をきいてもらいたいという気持ちと肇さんと肇さんの家族と一緒に過ごして、パワーをもらいたいと思ったからです。肇さんの家に泊まり、一緒に過ごさせて頂きました。肇さんのお家に泊まるのは去年の秋ぶり、2回目でした。今回は肇さんの取材の現場に立ち会わせて頂いたり、料理を作っている姿を見させて頂く機会に恵まれたので、凄く真剣にその姿を見て、何かを感じて自分のものにしようと思っていました。僕も肇さんも常に今に満足せず、1つ1つ目標を達成していってもそこで止まらない。 僕も肇さんの頭の中には安定という言葉はなく、軸はぶらさずに変化し続けていく。(自発的に)という思考がある事、僕も肇さんもどうせ何かをやるならトップオブトップでやるっていう気持ちとか、思考がかなり近いところにあるので、僕は肇さんから学びたい。という気持ちが強くあります。例えば、僕が肇さんの著書を読んでどう自分とダブらせて、リオまでに自信をつけていったか書いてみたいと思います。著書(P220) 「1年間で3年分の修業をするつもりでやった」と彼は言う。と書かれているように、僕も今取り組んでいるオープンウォーターに取り組み始めたのが今、世界で戦っている海外選手達よりスタートが明らかに遅かったので、同じ気持ちで今まで取り組んできたから、転向してから3年という期間で我流で日本人で初めてこの競泳でオリンピックに出場できたと思うし、リオでオリンピックファイナリストまでこれたんだと思っています。この気持ちを常に忘れず、アップデートとまかせられるパーツ、パーツは今までとは意識を変えて力をお借りするという戦略に変えて、東京オリンピックまでの残りの期間、競技に取り組みたいと思いました。=自分も今、同じ状況にいるんだと解釈して、その時自信を持つことができました。《続く》
2017/04/03

『肇さんと僕/TOKYO2020.1』皆さんは米田肇シェフをご存知でしょうか。肇さんは僕が人生で初めて交流させて頂いたトップシェフ〈2009年、オープンして1年5ヶ月というミシュラン史上世界最短で三ツ星を獲得。〉です。リオオリンピックの1年前、2015年秋に大阪で本田直之 Naoyuki Honda先輩のアップルストアでの講演を聴きに行った後に、本田さんと肇さんと食事する機会に恵まれ、肇さんに出逢いました。僕は今までシェフの方と出逢う機会はありませんでしたので、肇さんにたくさん質問させて頂いた記憶があります。肇さんはその出逢った翌日に本を僕にわざわざ送って下さったんです。 肇さんの自伝本で「三つ星レストランの作り方」という本です。僕は大学生になってから、いろんなジャンルの自伝本を読んで、なにか自分の競技生活に応用できる事はないかと自分の中で噛み砕いて、頭の中で変化させ、応用するスタイルをとってきました。なぜかというと自分が取り組んでいるオープンウォーターで日本人でまだオリンピックに出場した選手がいなかったので、教科書がなかったのです。だから他ジャンルで突き抜けた、結果を残した方々の自伝本から応用しよう。というスタイルにいきつきました。シェフの方の本は今まで1度も読んだ事がなかったので、本が届いてから読み始めるのがとても楽しみだったのを覚えています。ワクワクしました。最初ざーっと読み終えて、自分の今までの競技生活の過程と勝手にダブらせている自分がいました。めっちゃわかる。ここって。 料理のことは全くわかりません。僕は素人です。ですが、肇さんが料理に取り組む、シェフとして目標を達成していく、取り組み方、アプローチの仕方、逆算で目標を達成する為に明確に取り組んでいく仕方、枠組みがとても似ている。むしろ同じなのではないか。とその後何度も読み返して、マーカーをひきながら、考えていました。 肇さんに本を送って頂いてから、僕は海外試合や合宿の時にも本を持っていて繰り返し読んでいます。リオオリンピックの際も持参していました。肇さんの生き様から学び、血肉化させて、自分の力にしたいと思ったからです。僕は肇さんの料理を食べに食事に行かなきゃいけない。とリオオリンピックの前に思いました。去年の秋に近畿大水泳部前監督の田中監督と一緒に肇さんの料理を食べにいきました。肇さんの料理は今まで自分が使ったことのない五感を刺激する料理で、僕は食事をしていて、田中監督に肇さんの料理を食べたらもっと速く泳げる。と言ったのを覚えています。僕達は水感を感じながら泳ぎます。だから、肇さんの料理を食べて、五感が刺激され、新しい神経回路ができて、もっと水を感じる感覚が鋭くなると思いました。実際にそういう新しい感覚がありました。僕は普段から肇さんとずっとメッセージのやり取りを続けていて、近況報告とか相談にのって頂いています。でも、やっぱり、人間だから、会って一緒に時間を過ごすのが1番です。先週末、半年ぶりに僕は肇さんに会いに大阪に行きました。これから新しい場所で競技生活を始めるから、その前に尊敬している大好きな肇さんに会って自分の今考えていることや今の心境をきいてもらいたいという気持ちと肇さんと肇さんの家族と一緒に過ごして、パワーをもらいたいと思ったからです。肇さんの家に泊まり、一緒に過ごさせて頂きました。肇さんのお家に泊まるのは去年の秋ぶり、2回目でした。今回は肇さんの取材の現場に立ち会わせて頂いたり、料理を作っている姿を見させて頂く機会に恵まれたので、凄く真剣にその姿を見て、何かを感じて自分のものにしようと思っていました。僕も肇さんも常に今に満足せず、1つ1つ目標を達成していってもそこで止まらない。 僕も肇さんの頭の中には安定という言葉はなく、軸はぶらさずに変化し続けていく。(自発的に)という思考がある事、僕も肇さんもどうせ何かをやるならトップオブトップでやるっていう気持ちとか、思考がかなり近いところにあるので、僕は肇さんから学びたい。という気持ちが強くあります。例えば、僕が肇さんの著書を読んでどう自分とダブらせて、リオまでに自信をつけていったか書いてみたいと思います。著書(P220) 「1年間で3年分の修業をするつもりでやった」と彼は言う。と書かれているように、僕も今取り組んでいるオープンウォーターに取り組み始めたのが今、世界で戦っている海外選手達よりスタートが明らかに遅かったので、同じ気持ちで今まで取り組んできたから、転向してから3年という期間で我流で日本人で初めてこの競泳でオリンピックに出場できたと思うし、リオでオリンピックファイナリストまでこれたんだと思っています。この気持ちを常に忘れず、アップデートとまかせられるパーツ、パーツは今までとは意識を変えて力をお借りするという戦略に変えて、東京オリンピックまでの残りの期間、競技に取り組みたいと思いました。=自分も今、同じ状況にいるんだと解釈して、その時自信を持つことができました。《続く》
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良い誕生日の日がスタートしました熊谷さん  @takashikumagai_official サインどうもありがとうございました!感謝です。 #roadtotokyo2020
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27歳になった。僕は18歳の頃、26歳の時のなりたい自分の像があって、それは85~90パーセントくらい達成する事ができた。と振り返ってみると思う。なんで26歳までにこうなりたいという自分の像があったというと、僕が18歳の時は2008年で北京オリンピックの年だったから。4年後の2012年、ロンドンオリンピックに何がなんでも出たいと思って、きっとロンドンに出たらもう1回オリンピックに挑戦するだろうなと思ったから。だから、2016年、26歳の時のなりたいイメージ像があの時からあって目標に向かって逆算して今まで取り組んできたんだと思う。今の僕の日々はあの頃には全く想像してできなかった光景もあって、やっぱり、実際に自分がたどり着かないと見えないものってあるとわかった。運命には2つあって、1つは宿命=変えられない運命。例えば、男で生まれる。日本で産まれる。これは自分ではどうする事もできない。 もう1つは立命=変えられる運命 自分で切り開く運命。自分で変えていこう。自分で最大限の努力をして変えていこう、強い意志を持って。僕は今までを振り返ってこの立命という運命に自分の全てを賭けて生きてきたと思う。そしてこれはこれからも変わらない。この27歳から30歳までの、リオから東京オリンピックまでの残り3年半という時間は僕の人生がどういう方向に行くかを決める時間になると思う。特に東京オリンピックの本番の”2時間”というレースの時間が僕の人生を決めるだろう。今は、50歳までのビジョンが明確に自分の中にある。だから、その段階、段階の目標に向かって生きていきたい。今、欲しいものとかなくて、自分の内面のスキル、例えば4ヶ国、5カ国語話せるようになりたいとか、もっと歴史と哲学を学んで知識を自分の中にストックしていきたいとか。そういう事に時間を使いたいという気持ちがある。内面を磨いて、知識と知恵をつけて、いろんな人達に自分にしか与える事ができないバリューを提供できる人になりたい。日本の中、アジアの中、世界の中で様々な場面、状況で役に立つ事ができる人間に本当になりたいと思っている。憧れだったいろんな業界の方々とも交流することができて、自分を認知してもらえることができて、それは学生の頃からしてみたら、本当に夢は叶っていると思う。ここからスケールさせていくには、そういう方々と何か形を作っていくことなんじゃないのかと思っている。つまり、仕事を一緒にして結果を出すことだ。そういう事も考えている。オリンピックに2回出場して、オリンピックファイナリストになって、日本でも海外でもどこに行っても圧倒的な自己証明ができる事は本当に有難いことだと感じている。特に海外では自分が何者なのか。という事を相手にわかってもらうことは意外と難しい事だとボーダレスな生活をしていく中で痛感した事だった。 この点もこれからスケールさせていくには、物事を相手の言語で論議できる語学力とそれぞれの国の歴史やシステム、価値観を学んで血肉化していく努力が必要だと思うから、そういう努力をこれからしていこうと思っている。最近つくづく思っているのは、これから全ての事がボーダレスになっていくし、業界も企業も人も全てボーダレスにならないと生き残っていけない、活躍できないと思っている。だから、自分で感じている事はアップデートさせていき、変化させていきたい。この3年でさらなる結果を残せる事ができるかで僕は突き抜けられるか、突き抜けられないかが決まると思う。本当に覚悟を持って、今までに感じたことのないプレッシャーを自分にかけ続け、それに向き合い、乗り越えた時、新しい境地に行く事ができると信じている。今月の中旬から練習拠点も変わる。今年の終わりには自分は一体何をおもい、何を感じながら生きているのだろう。と興味がものすごくある。去年の今日はテネシーにいて、その前もずっとオーストラリアだったから、来年はどこで誕生日をむかえるんだろうと思う。間違いなく、来年の自分は飛躍して、活躍しているだろうけれど、それが、どのように、どのくらい、どんなふうには想像がつかない。未知数である。謙虚に、全ての事に感謝して、東京オリンピックまでの残りの競技生活を全力で生きたい。#RoadtoTokyo2020 #27

27歳になった。僕は18歳の頃、26歳の時のなりたい自分の像があって、それは85~90パーセントくらい達成する事ができた。と振り返ってみると思う。なんで26歳までにこうなりたいという自分の像があったというと、僕が18歳の時は2008年で北京オリンピックの年だったから。4年後の2012年、ロンドンオリンピックに何がなんでも出たいと思って、きっとロンドンに出たらもう1回オリンピックに挑戦するだろうなと思ったから。だから、2016年、26歳の時のなりたいイメージ像があの時からあって目標に向かって逆算して今まで取り組んできたんだと思う。今の僕の日々はあの頃には全く想像してできなかった光景もあって、やっぱり、実際に自分がたどり着かないと見えないものってあるとわかった。運命には2つあって、1つは宿命=変えられない運命。例えば、男で生まれる。日本で産まれる。これは自分ではどうする事もできない。 もう1つは立命=変えられる運命 自分で切り開く運命。自分で変えていこう。自分で最大限の努力をして変えていこう、強い意志を持って。僕は今までを振り返ってこの立命という運命に自分の全てを賭けて生きてきたと思う。そしてこれはこれからも変わらない。この27歳から30歳までの、リオから東京オリンピックまでの残り3年半という時間は僕の人生がどういう方向に行くかを決める時間になると思う。特に東京オリンピックの本番の”2時間”というレースの時間が僕の人生を決めるだろう。今は、50歳までのビジョンが明確に自分の中にある。だから、その段階、段階の目標に向かって生きていきたい。今、欲しいものとかなくて、自分の内面のスキル、例えば4ヶ国、5カ国語話せるようになりたいとか、もっと歴史と哲学を学んで知識を自分の中にストックしていきたいとか。そういう事に時間を使いたいという気持ちがある。内面を磨いて、知識と知恵をつけて、いろんな人達に自分にしか与える事ができないバリューを提供できる人になりたい。日本の中、アジアの中、世界の中で様々な場面、状況で役に立つ事ができる人間に本当になりたいと思っている。憧れだったいろんな業界の方々とも交流することができて、自分を認知してもらえることができて、それは学生の頃からしてみたら、本当に夢は叶っていると思う。ここからスケールさせていくには、そういう方々と何か形を作っていくことなんじゃないのかと思っている。つまり、仕事を一緒にして結果を出すことだ。そういう事も考えている。オリンピックに2回出場して、オリンピックファイナリストになって、日本でも海外でもどこに行っても圧倒的な自己証明ができる事は本当に有難いことだと感じている。特に海外では自分が何者なのか。という事を相手にわかってもらうことは意外と難しい事だとボーダレスな生活をしていく中で痛感した事だった。 この点もこれからスケールさせていくには、物事を相手の言語で論議できる語学力とそれぞれの国の歴史やシステム、価値観を学んで血肉化していく努力が必要だと思うから、そういう努力をこれからしていこうと思っている。最近つくづく思っているのは、これから全ての事がボーダレスになっていくし、業界も企業も人も全てボーダレスにならないと生き残っていけない、活躍できないと思っている。だから、自分で感じている事はアップデートさせていき、変化させていきたい。この3年でさらなる結果を残せる事ができるかで僕は突き抜けられるか、突き抜けられないかが決まると思う。本当に覚悟を持って、今までに感じたことのないプレッシャーを自分にかけ続け、それに向き合い、乗り越えた時、新しい境地に行く事ができると信じている。今月の中旬から練習拠点も変わる。今年の終わりには自分は一体何をおもい、何を感じながら生きているのだろう。と興味がものすごくある。去年の今日はテネシーにいて、その前もずっとオーストラリアだったから、来年はどこで誕生日をむかえるんだろうと思う。間違いなく、来年の自分は飛躍して、活躍しているだろうけれど、それが、どのように、どのくらい、どんなふうには想像がつかない。未知数である。謙虚に、全ての事に感謝して、東京オリンピックまでの残りの競技生活を全力で生きたい。#RoadtoTokyo2020 #27
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今日受け取りました。シリアルナンバー入りのピンズだそうです。スーツの時に使おかな。#Rio2016  #olympianlife
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今年は色々と試してみます。金メダル獲得したいからです。#roadtotokyo2020
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Nobuさん、だいすけくんと️Nobuさんの子供さんのスマイルがめっちゃ可愛かったです#roadtotokyo2020 #artworkexhibition #BCDMG
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出発前、水泳界で唯一尊敬している松田さんと男2人飯。 僕の話ばかりきいてもらっていました。。なんでも話せて一生ついていきたいと思える先輩デス。 松田さん、昨日はありがとうございました!感謝です。#takeshimatsuda #roadtotokyo2020 #Rio2016 #兄貴
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泉田さん、昨日はありがとうございました!!尾花さんと初リンクでした!! きっかけは相澤さん @yosukeaizawa  です。どうもありがとうございます!!感謝です#midnightmarket #theparkinggimza #NHOOLYWOOD #roadtotokyo2020
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