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日別アーカイブ:2019年09月30日

良い誕生日の日がスタートしました熊谷さん  @takashikumagai_official サインどうもありがとうございました!感謝です。 #roadtotokyo2020
from https://www.instagram.com/yasunari_hirai/

27歳になった。僕は18歳の頃、26歳の時のなりたい自分の像があって、それは85~90パーセントくらい達成する事ができた。と振り返ってみると思う。なんで26歳までにこうなりたいという自分の像があったというと、僕が18歳の時は2008年で北京オリンピックの年だったから。4年後の2012年、ロンドンオリンピックに何がなんでも出たいと思って、きっとロンドンに出たらもう1回オリンピックに挑戦するだろうなと思ったから。だから、2016年、26歳の時のなりたいイメージ像があの時からあって目標に向かって逆算して今まで取り組んできたんだと思う。今の僕の日々はあの頃には全く想像してできなかった光景もあって、やっぱり、実際に自分がたどり着かないと見えないものってあるとわかった。運命には2つあって、1つは宿命=変えられない運命。例えば、男で生まれる。日本で産まれる。これは自分ではどうする事もできない。 もう1つは立命=変えられる運命 自分で切り開く運命。自分で変えていこう。自分で最大限の努力をして変えていこう、強い意志を持って。僕は今までを振り返ってこの立命という運命に自分の全てを賭けて生きてきたと思う。そしてこれはこれからも変わらない。この27歳から30歳までの、リオから東京オリンピックまでの残り3年半という時間は僕の人生がどういう方向に行くかを決める時間になると思う。特に東京オリンピックの本番の”2時間”というレースの時間が僕の人生を決めるだろう。今は、50歳までのビジョンが明確に自分の中にある。だから、その段階、段階の目標に向かって生きていきたい。今、欲しいものとかなくて、自分の内面のスキル、例えば4ヶ国、5カ国語話せるようになりたいとか、もっと歴史と哲学を学んで知識を自分の中にストックしていきたいとか。そういう事に時間を使いたいという気持ちがある。内面を磨いて、知識と知恵をつけて、いろんな人達に自分にしか与える事ができないバリューを提供できる人になりたい。日本の中、アジアの中、世界の中で様々な場面、状況で役に立つ事ができる人間に本当になりたいと思っている。憧れだったいろんな業界の方々とも交流することができて、自分を認知してもらえることができて、それは学生の頃からしてみたら、本当に夢は叶っていると思う。ここからスケールさせていくには、そういう方々と何か形を作っていくことなんじゃないのかと思っている。つまり、仕事を一緒にして結果を出すことだ。そういう事も考えている。オリンピックに2回出場して、オリンピックファイナリストになって、日本でも海外でもどこに行っても圧倒的な自己証明ができる事は本当に有難いことだと感じている。特に海外では自分が何者なのか。という事を相手にわかってもらうことは意外と難しい事だとボーダレスな生活をしていく中で痛感した事だった。 この点もこれからスケールさせていくには、物事を相手の言語で論議できる語学力とそれぞれの国の歴史やシステム、価値観を学んで血肉化していく努力が必要だと思うから、そういう努力をこれからしていこうと思っている。最近つくづく思っているのは、これから全ての事がボーダレスになっていくし、業界も企業も人も全てボーダレスにならないと生き残っていけない、活躍できないと思っている。だから、自分で感じている事はアップデートさせていき、変化させていきたい。この3年でさらなる結果を残せる事ができるかで僕は突き抜けられるか、突き抜けられないかが決まると思う。本当に覚悟を持って、今までに感じたことのないプレッシャーを自分にかけ続け、それに向き合い、乗り越えた時、新しい境地に行く事ができると信じている。今月の中旬から練習拠点も変わる。今年の終わりには自分は一体何をおもい、何を感じながら生きているのだろう。と興味がものすごくある。去年の今日はテネシーにいて、その前もずっとオーストラリアだったから、来年はどこで誕生日をむかえるんだろうと思う。間違いなく、来年の自分は飛躍して、活躍しているだろうけれど、それが、どのように、どのくらい、どんなふうには想像がつかない。未知数である。謙虚に、全ての事に感謝して、東京オリンピックまでの残りの競技生活を全力で生きたい。#RoadtoTokyo2020 #27

27歳になった。僕は18歳の頃、26歳の時のなりたい自分の像があって、それは85~90パーセントくらい達成する事ができた。と振り返ってみると思う。なんで26歳までにこうなりたいという自分の像があったというと、僕が18歳の時は2008年で北京オリンピックの年だったから。4年後の2012年、ロンドンオリンピックに何がなんでも出たいと思って、きっとロンドンに出たらもう1回オリンピックに挑戦するだろうなと思ったから。だから、2016年、26歳の時のなりたいイメージ像があの時からあって目標に向かって逆算して今まで取り組んできたんだと思う。今の僕の日々はあの頃には全く想像してできなかった光景もあって、やっぱり、実際に自分がたどり着かないと見えないものってあるとわかった。運命には2つあって、1つは宿命=変えられない運命。例えば、男で生まれる。日本で産まれる。これは自分ではどうする事もできない。 もう1つは立命=変えられる運命 自分で切り開く運命。自分で変えていこう。自分で最大限の努力をして変えていこう、強い意志を持って。僕は今までを振り返ってこの立命という運命に自分の全てを賭けて生きてきたと思う。そしてこれはこれからも変わらない。この27歳から30歳までの、リオから東京オリンピックまでの残り3年半という時間は僕の人生がどういう方向に行くかを決める時間になると思う。特に東京オリンピックの本番の”2時間”というレースの時間が僕の人生を決めるだろう。今は、50歳までのビジョンが明確に自分の中にある。だから、その段階、段階の目標に向かって生きていきたい。今、欲しいものとかなくて、自分の内面のスキル、例えば4ヶ国、5カ国語話せるようになりたいとか、もっと歴史と哲学を学んで知識を自分の中にストックしていきたいとか。そういう事に時間を使いたいという気持ちがある。内面を磨いて、知識と知恵をつけて、いろんな人達に自分にしか与える事ができないバリューを提供できる人になりたい。日本の中、アジアの中、世界の中で様々な場面、状況で役に立つ事ができる人間に本当になりたいと思っている。憧れだったいろんな業界の方々とも交流することができて、自分を認知してもらえることができて、それは学生の頃からしてみたら、本当に夢は叶っていると思う。ここからスケールさせていくには、そういう方々と何か形を作っていくことなんじゃないのかと思っている。つまり、仕事を一緒にして結果を出すことだ。そういう事も考えている。オリンピックに2回出場して、オリンピックファイナリストになって、日本でも海外でもどこに行っても圧倒的な自己証明ができる事は本当に有難いことだと感じている。特に海外では自分が何者なのか。という事を相手にわかってもらうことは意外と難しい事だとボーダレスな生活をしていく中で痛感した事だった。 この点もこれからスケールさせていくには、物事を相手の言語で論議できる語学力とそれぞれの国の歴史やシステム、価値観を学んで血肉化していく努力が必要だと思うから、そういう努力をこれからしていこうと思っている。最近つくづく思っているのは、これから全ての事がボーダレスになっていくし、業界も企業も人も全てボーダレスにならないと生き残っていけない、活躍できないと思っている。だから、自分で感じている事はアップデートさせていき、変化させていきたい。この3年でさらなる結果を残せる事ができるかで僕は突き抜けられるか、突き抜けられないかが決まると思う。本当に覚悟を持って、今までに感じたことのないプレッシャーを自分にかけ続け、それに向き合い、乗り越えた時、新しい境地に行く事ができると信じている。今月の中旬から練習拠点も変わる。今年の終わりには自分は一体何をおもい、何を感じながら生きているのだろう。と興味がものすごくある。去年の今日はテネシーにいて、その前もずっとオーストラリアだったから、来年はどこで誕生日をむかえるんだろうと思う。間違いなく、来年の自分は飛躍して、活躍しているだろうけれど、それが、どのように、どのくらい、どんなふうには想像がつかない。未知数である。謙虚に、全ての事に感謝して、東京オリンピックまでの残りの競技生活を全力で生きたい。#RoadtoTokyo2020 #27
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